夢と現の狭間で、僕はどうにもならないことを、延々と考え続けた。その間も、ママは定期的にドアを叩き、声をかけてくれた。
有難いことなのだろうけど、今の僕には鬱陶しいだけだ。
でも。
流石に、一人でここでずっとこうしているワケにもいかない。
明日は移動日らしいし。
これからどうするにしても、皆と一緒に次の開催国に移動しなければならなかった。
僕は霞の掛かった頭をスッキリさせようと、バスルームに這いずっていった。立ち上がる元気が、もうなかったんだ。
高雄が僕を尋ねてきてくれたのは、バスルームから出て、髪を乾かした後だった。
何をしに来たんだ。と、正直思った。
僕を心配で来てくれたんだと言った高雄の言葉に、きっと嘘はない。でも。
それはって今日自分がバトルに勝ったからだろう。
勝って、精神的に余裕がでてきたから、僕なんかを見舞ってやろうって気になったとしか、思えない。
ソレほど、今迄の高雄に余裕はなかった。
なんて、お手軽なんだろうね。
高雄の美点ともいえるソコが、今の僕には酷く不快で、薄っぺらく思えた。
分かっているさ。高雄が悪いんじゃないって。
筋違いだって。
けれども。
どうしても許せなかったんだ。
僕の大切な櫂を汚した高雄が。
けれども。
僕が高雄とどれ程違うと言うのだろう。
僕だって、同じ欲望を持っていた。
櫂を自分のモノにしたいっていう薄汚れた願望。
何も、変わらないんだ。
そうしたら。
僕の言葉で途惑い、傷ついている高雄が、急に気の毒になって。
ワケもなく悲しくて、悲しくて。
僕は泣いた。
高雄が部屋から去ったあとも、僕は毛布を被って泣き続けた。
泣きつかれたのか、今迄の睡眠不足のためか。
その夜、僕は久しぶりに眠ることができた。
夢をみることもなく。
数日ぶりに部屋から出てきた僕を、皆誰も責めなかった。
リックぐらいは、キツイ一言を言ってくれるのではと、期待したのだけれど、僕の形相があまりにも酷かったらしく。
「・・・・・次の試合、頑張ろうぜ」
らしくない言葉を残して、背を向けてしまった。
マイケルもエミリーも似たようなモノだ。
ママだけは、立場上厳しい言葉を幾つか放ったけれど、皆が気を利かせてその場からいなくなった後、僕を抱きしめて泣いていた。
「心配かけて、ごめんなさい」
「いいのよ・・もう、大丈夫なの?」
「ウン」
多分、だけれど。
上着についているフードを目深めに被り、僕は皆と一緒にホテルを後にした。僕の欠場理由が「病気」だったため、顔見知りの報道関係者も僕の顔を見て驚きはしたけれど、たいして大騒ぎされなかった。
けれど、晒し者になるのは、なかなか嬉しいモノではない。
僕は飛行機待ちをする皆とは離れて、一人自販機で薄いミルクココアを調達すると、窓際に腰掛けた。
一晩眠ったお陰か、思考は冴えていた。
ショックだったのは、変わりないけれど。
僕は、高雄が何故あんなに悩んでコンディションを崩しているのか
分かってしまった。
「―――真樟」
突然声を掛けられて。
それも今一番逢いたくない相手から――僕は、激しく動揺した。
普通に、以前のように接することができるのか、全く自信がなかったからだ。心の準備もしていない。
それでも振り返らずにはいられなかった。
「・・・櫂」
櫂は
普段と何も変わらなかった。
相変わらず綺麗な紅い眼に、僕を映しこんで。
その眼を見つめ返せない。
不自然にならないように、視線を外した。
櫂が、高雄しか見ていないのは、何も今に始まったことじゃあない。ずっと以前から。
櫂は高雄を見ていた。
そして僕は、櫂を見ていた。
櫂が、どうして調子を崩しているのか理由が分からなかったけれど。今は違う。今ならはっきり分かる。
『櫂は、悩んでいるんだ。第六戦のBBA戦を』
高雄と戦うことに、戸惑っているんだ。
櫂の身体の中は、きっと不協和音が鳴り響いているに違いない。
勝つことを望む櫂と、高雄とのバトルを避けることを望む櫂とが、彼の身体の中で声高に言い争っているんだ。
でも。
どちらを選ぶのかは、櫂が決めることなんだ。
僕が、あれこれ意見することではないのだけれど。
でも。
でも僕は問わずにはいられなかった。
嫉妬だと分かっている。
どう足掻いても、高雄と櫂の間に割って入ることなど、何人も不可能だって、分かってる。
僕は取るに足らない存在で。
だからこそ、僕は聞きたかった。
櫂が高雄をとるのか、それとも「勝つこと」を選ぶのか。
僕のことを、僅かでも友人だと思ってくれているなら、答えて欲しい。
そして、君が後悔しない道を選んで欲しい。
「―――櫂は・・高雄に勝ちたい・・・?」
――結局。
僕は櫂のことが好きなんだ。
こんなにボロボロになっても、誰かのモノでも。
報われないことなんて、最初から分かっていた。
そんなこと望んじゃいない。
ただ、君が。
しっとりと笑ってくれるなら、それでいい。
昔誓ったとおり、僕は何時でも君の味方。
何て馬鹿な僕。
・・・何て、馬鹿な僕。
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