騒ぎは、前日の夜からだった。
「――え?高雄が暴漢に襲われて怪我って・・・」
夕食時、リックが拾ってきた話に僕は手を止めた。
夕食をチームの皆と一緒にホテルのレストランで食べてる。
小さな街の小さなホテルだ。報道陣が何やら騒がしかったのは知っていたけれど、それがまさか高雄がらみだとは。
思いもしなかった。
「救急車で運ばれたって話だぜ」
大きめに切った子羊の肉を、リックは口に放り込む。何時も豪快だけど、それって味わって食べる料理じゃないのかな。
「大丈夫なのかしら?」
隣に座るエミリーが、心配してる。
勿論僕も心配には変わりないんだけど。
何だか違和感があって。
高雄は、櫂ほど腕っ節が強いわけじゃあない。素手で襲われたのだったら、試合前だし逃げると思うんだ。それに、ベイも持たず出かけることなど僕等ブレーダーにはありえないことで。ベイで戦った上に高雄が怪我をしたのだとしたら。それは物凄い強敵ってことだ。
『・・・でも』
何か、心に引っかかる。
「ちょっと、真樟」
「え?あ、何?エミリー」
「ちゃんと食べなさいよ」
手を止めたまま、フォークとナイフを皿の上に置いてしまった僕。料理は殆ど残っていた。
「う・・ん。もう、いいや」
絶食してたツケなのか、胃が縮んじゃって。前のようには食べられないんだ。(もともと僕って一般米国人ほど食べないし)それに、実を言うと和食が食べたかったりするんだ。
「もう、駄目よ。ちゃんと食べるように所長に言われたでしょ?」
「そうなんだけどさ」
「仕方ないわねぇ」
エミリーはそう言って、自分の皿の料理をフォークに刺し、
「はい、口開けて」
僕に突き出した。
「えっ・・・と、エ・エミリー?」
思いっきり戸惑ってしまったのは、僕だけじゃなくて。リックもマイケルも、ポカーンと口を開けて僕とエミリーを見てた。
エミリーのキャラクターにはない行動だから。
勘違いしないの。と、エミリーが唇を尖らせる。
「私だって恥かしいんだから、ほら、食べなさいってば」
「う、うん・・」
確かに、ここで僕が食べないとエミリーに恥をかかせちゃう。それは僕も避けたいことだし。
覚悟を決めて、口を開けた。
『監督が帰ってこれば、何か分かるんじゃないか?』
部屋に戻って、僕は窓の外を見た。
普段は、きっと静かな街なんだと思う。その街が蜂の巣をつついたように騒がしい。報道陣の出入りはずっと忙しなく続いてるけど、ニュースには出てきていなかった。
先の言葉は、レストランで別れ際リックが言ってたこと。
国王主催の晩餐会に行ってるママは、そろそろ戻ってくる時間。
僕は、それを待っていた。
きっと、顔見知りの報道関係者を捕まえた方が早くて正確なんだろうけど。皆殺気立っていて近寄りがたい。
「・・・・・」
なんだろう。
不穏な空気が、この小さな街を覆っている。
それが、荒れた僕の心に引っかかるのだろうか。
正直、僕はエミリーほど心配はしなかった。
高雄は、普通なら死んじゃう状況を今まで生き抜いてきた。ユーリの時もブルックリンの時も。
それは勿論青龍の力が助けてくれたからなんだけど。
だから、救急車で運ばれたって聞いてもピンと来ない。
何かの間違いじゃないかって、思ってる。
「――ん?」
窓の外を見続けていた僕の眼に、車から降りるママが入ってきた。ポケットにカードキーを入れてたのを確認してから、部屋をでる。僕はママの部屋の前で待つことにしたんだ。
程なくして。
エレベーターから正装したママが降りてくるのが見えた。何だか疲れて見える。
ママも僕を確認してくれた。
「―――真樟」
「お帰りなさい。お疲れサマ〜〜」
「ええ。ロビーでもみくちゃにされてきたわ」
乱れた髪をかき上げた。一階はすごい人なんだ。
「えっと・・・お部屋にお邪魔してもイイ?」
廊下で話すのは、やっぱり躊躇われた。何処で誰が聞いてるか、分からない。
「どうぞ、いらっしゃい。コーヒーでも入れるわ」
デスクにバックとネックレス、時計や指輪を外して置くと、ママは上着を忌々しげにクローゼットに追いやった。
「どしたの?」
「もーー、嫌になっちゃうわ。今日は隣がハズれだったのよ」
晩餐会の席順は、その時々で違うらしい。今日は誰だったの?と聞けば、
「BBAの監督よ」
「・・・あははは」
仁さんね。あの人、悪い人ではないと思うんだけど。
「身内贔屓が過ぎるのよ。若いくせに」
「あははは・・そう」
あの人の世界は高雄中心に回っているからね。排他的なところがあるから、ママが鬱陶しいと思うもの仕方ないよ。
「ねえ、ママ」
「なあに〜〜?」
備え付けのポットのお湯の量を確認してる。
「・・・高雄が怪我をして病院に運ばれたって聞いたんだけど。ママ、何か聞いてない?」
「――え?何それ。いいえ、知らないわ。だって・・・」
ママの言葉によると。
隣に座っていた仁さんは、晩餐会が終わるまでずっと居て。
別に普段と変わった所はなかったらしい。
向かいに座った広海ちゃん共々。
『・・・そうだよねえ。高雄に何かあったって聞いたら、すっとんで帰ってくるよ、あの人達』
何かを伝える人も来なかったって話だし。
『やっぱり人違いなんじゃないのかなあ』
僕は
無理にでもそう思い込もうとしていたのかもしれない。
高雄のことを、意識的に頭の中から排除したかったわけじゃないけど。それでも、やっぱりまだ、まともに言葉は交わせないと思う。
以前のようには。
こういう事って、大人が言うように『時間が解決してくれる』んだろうか。
いつか。
また高雄と冗談言って笑える日が来るんだろうか。
「―――木ノ宮監督じゃなくて、ユーリ君なら途中で帰っていったけど?」
思いの淵に沈んでいた僕を、ユーリの名前が引き戻した。
「・・・ユーリが?」
「ええ。ほんの一時間も居なかったわよ。・・・良く見てなかったけど、国王陛下に何度も頭を下げて急いで戻って行ったわ」
「―――――」
ユーリが慌てて戻る用件って。
そんなの櫂の事以外考えられない。
僕は、来た時よりももっと不安になった胸を押さえながら、ママの部屋を後にした。
『高雄と櫂』
絶対、何かあったんだ。
僕は、確信した。二人の関係を知っているから。
「櫂・・・」
一体、何があったんだろう。
逢いたくて、逢いたくて。
居てもたってもいられなかった。
けれど。
逢いにいけるハズもない。
それから。
僕は一睡もできずに朝を迎える。
そして。
何気に付けたテレビから、僕は、高雄と櫂の間にあった出来事の末端を知ることになる。
驚愕と共に。
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