その日を境に木ノ宮は部屋を訪れなくなった。
試合会場で顔を見るだけで、近くに寄ってくることもない。
至極平和な日常。
「・・・・・」
寝返りを打って眼を開ける。
眠れない。
今日だけではない。
ここ数日ずっと。
第三戦が終り明日には次の国への移動する。
一ヶ月で四ヶ国ないし五ヶ国へ移動してのバトル。
かなりなハードスケジュール。
体調管理もバトルのうち。
睡眠時間が少なくても平気な身体。
だが。
全く眠れないのは、また別だ。
バトルが終わってしまえば、あとは暇をもてあます。
トレーニングが足りないのかと思い、普段以上にメニューを増やしても、夜になれば眠れるどころか、眼が冴えてしまう。
何故。
「・・・くそっ」
理由は分かっている。
それを認めたくないだけ。
今更だけれども。
身体が疼く。
微熱を奥底に抱いて。
ドロドロと。
毎日のように濃厚な愛撫に晒された身体が、
餓えている。
肌が、指を唇を舌を求めている。
アイツの。
熱い身体を。
『・・・櫂。気持ちイイ?』
耳元で囁かれる甘い囁き。
思い出すだけで背筋が痺れる。
たった数日のことで。
先に音をあげたのは、自分だ。
あまりの馬鹿さ加減に、死にそうになる。
そこまで堕ちた自分。
身体に引きずられて精神を乱す。
木ノ宮のことなど偉そうに言えない。
自分も大して変わらないのだ。
アイツと。
起き上がって、ベットから降りる。
今夜も眠れそうにない。
街を歩くには、かなり遅い時間だったが、このまま部屋に居てもすることがない。
自分だと分からない姿でいれば、見咎める人間もいないだろう。
ベイバトルが行われる街は、世界的大都市ばかりで、東京のように不夜城が多い。
夜でも眠らない。
まるで、今の自分のように。
パジャマを脱ぎ捨てて、何故かボリスが買ってきた衣服を適当に選んで、身につける。
目深めに帽子を被って(夜中だが一応)部屋の扉を開ければ。
そこに。
「・・・何処に行く」
幽霊の如く、ユーリが立っていた。
いつもの白いパジャマ姿で。
驚いて、一瞬息が止まったが、すぐ身体の力を抜いて返事をする。
「散歩だ」
「・・・眠れないのか」
「・・・違う」
言い捨ててユーリの横を通り抜けようとすれば。
「――お前は、全く素直ではないな」
硬い口調と掴まれた腕。
気づいた時には、廊下に引きずられてそのまま、ユーリの部屋に連れ込まれた。
「ユーリ、放せ」
部屋に入っても、腕の力が抜けることも、引きずるのも止めようとしない。
ドンっ
ベットに投げ飛ばされた。
「・・・ユーリ」
「ここ数日、全く眠っていないのだろう。そんなことは見ていれば分かることだ。俺を何だと思っている」
口調のわりに怒ってはいない。
が、それは自分か、ボリス辺りにしか分からない。
知らぬ人間が見れば、十分怒っているように見える。
「・・・・・」
ユーリが、自分の白いパジャマのボタンに、手をかけながら言う。
「何処がいい。バスルームがいいか、ベットがいいか。お前の好きにするといい」
「・・・ここが、いい」
こうやって。
自分の業の深さが、ユーリを汚していく。
「ん・・ぁあ・・ユーリぃ・・」
ユーリは優しい。
貪るような口付けの代わりに、触れるだけの口付けを、何度もする。角度を変えて、やわらかく、優しく。
白いしなやかな指が、身体の上を滑るたびに、変な話、これから始まる行為とは正反対に、眠くなっていく。
それでもユーリは許してくれるから。
過去、最中に眠ってしまったことが何度もある。
それ程、ユーリとの情事は穏やかだ。
情事と呼ぶのも躊躇われるほど。
「どうした?眠いのなら、眠っても」
「・・・ん」
ふわふわと。
浮遊感に似た快感。
舌と指が、雄蕊が絡む。
ユーリは焦らさない。
いつもダイレクトだ。
気持ちいい。
「ユーリ・・・出る・・」
飲まないでくれと言えば、ちゃんと口を離してくれる。
言ったそのままに。
ユーリの愛撫は。
動物の母親が、愛情表現に子供を舐めるのに似ている。
それは不埒な例えだろうか。
奪うのではなく、ひたすら与え続ける。
両足と両手を恥も遠慮もなく、ユーリの身体に絡ませて。
ユーリの指が、後蕾を割って出入りを繰り返す。
「・・んん・・ユーリ・・」
「何だ?」
「・・もっと」
「分かった」
ぐいっと。
もう一本指が増えて、根元まで入れられる。
「ああッ、んっ、んー―」
背中に爪を立てて。
疲れ果てて眠れるまで。
ユーリは付き合う。
あえて言わなくても、ユーリは感じるらしい。
どんな状況なのか。
眠れない理由も。
こうやって。
身体を重ねる関係を、他人にどう説明すればいいのか、知らない。
まだ
ユーリが自分の欲望の為に俺を利用しているのなら、身体だけの関係だと言えるだろうが。
ユーリは与えるだけで。(それ以前に、ユーリにはその手の感覚が欠如しているらしい)
それで良いのだと言う。
言葉で説明できない関係。
それも確かに存在している。
この場所に。
何故。
ユーリではなかったのだろう。
こんなにも只管、自分を想ってくれる人間でなく。
『木ノ宮』
自分の全てを奪うエゴの塊のような男。
お互いを消耗しあう関係しか築けない相手。
そんな相手に、心も身体も全て奪われて。
『俺は』
なんて罪深いのだろう。
死んでしまいたいと思うときは、こんなときだ。
「――櫂、眠ったのか?」
「・・・ユーリ」
「何だ」
「・・・俺を」
殺してくれ。
「出来ない相談だな」
「・・・そうか」
「馬鹿言ってないで、眠れ」
「・・・・・ああ」
おやすみ。
櫂。
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