「汝を愛せよ A」
――私が悪かったの。
動揺に、声が、震えるのを必死に押さえながら、クリスティナは笑顔を作った。
「アレルヤ、身体に触られるの、あまり好きじゃないって知ってたのに。私ったら」
「・・・クリスティナ」
そうだったろうか。とロックオンは思った。
特別意識したことはなかったが、少なくとも、自分の伸ばした手が振り払われたことはない。(当然、時と場合を選んでいるからなのだが)
だが、そう言えば。
クリスティナやスメラギと歓談しているアレルヤの姿は見かけるが、彼が自分から人に触れることは、殆どないと言ってもいい。
見たこともない。
誰に対しても一定の距離を保っている。
それは、逆を言えば、触れられるのを拒んでいることに、なるのか。
少なくとも、クリスティナはそう思っているらしい。
「・・・嫌われちゃったかな?」
伏せられた眼の淵に、光るモノを見つけて、ロックオンの手はロックオンが思うよりも先に、クリスティナの肩に、優しく触れていた。
「大丈夫。大変なミッションの後だろう?奴さん、ちょっと参ってるだけだって。ほら、アレルヤは人一倍優しいだろう?」
本当ならば、自分ではなく、アレルヤに触れられたかっただろうに。
小粒の涙を拭うクリスティナを見た時に、ちくりと胸が痛んだ。
自分がこの場にいなければ。
もしかしたら、アレルヤは逃げなかったかもしれない。
と、思いながら、すぐさま、ロックオンは自分の考えを打ち消した。
「だから、な?大丈夫だから、後は俺に任せて。ブリッジに戻るか、着替えてこいよ」
「・・・うん」
そう、返事をすることしか出来ないクリスティナを、彼女を探しにきたフェルトに押し付けて。
アレルヤの消えた方に、ロックオンは身体を流した。
どんな理由があろとも、人の命を奪うことに、彼は抵抗がある。
出来るならば、誰も殺したくないと、願っている。
行為そのモノに慣れることなく、私怨に押し流されることもなく。
命を刈り取りながら、同じ数だけ傷を負い、傷口から血を流す。
その心優しい年下の青年を、愛しいと想いはじめたのは、いつからだろう。
最初は、容姿や体躯を裏切った、あまりにも戦場にそぐわない、日溜まりのような穏やかさが心配だった。(彼は兎に角、庇護欲を刺激する存在で)
訓練中に潰れてしまうのではないかと、いつも何処かで気にしていた。(けれど、彼の肉体は自分より余程強靭で、どんな訓練も難なくこなしていた)
――何でしょう、ロックオン。
彼の優しい声音が、自分の仮の名を呼ぶのが耳に心地よくて。
気がつけば、彼の傍らにいることが多くなっていた。
あちらこちらと、アレルヤが立ち寄りそうな所を散々まわって。
行き着いたのは最初の場所。
『ぐるりとひと回りしたってことか・・・』
アレルヤの自室の前で、ロックオンは息を深く吸い込んで、吐き出した。
心が、身体が、戦場に立っていた時よりも、緊張している。
理由は分かっている。
あんな顔を、泣いて紅く染まった眦を、見てしまったからだ。
閉じられた扉に向かって、アレルヤと名を呼んだ。
続く