「汝を愛せよ A」

 

 

「アレルヤ」
同時に開閉ボタンを素早く押す。
当然のようにロックされていると思っていた扉は、シュンと軽い動きで横に滑る。
開いた直ぐ正面には、アレルヤがいて。
「っ」
「っと」
慌てた様子に、出迎えてくれたワケではないと分かっていても、軽い落胆に、ロックオンは苦笑を浮かべた。ならば、入った時に施錠すれば良かっただろうに。
そんな余裕も無かったのか。
と、視線を合わせてくれない相手の顔を、ロックオンは見つめずにはいられない。
「・・・・・」
「・・・・・」
泣いて腫れた眼が、睫毛が、けぶるよう涙で濡れている。
胸の内側が、詰まったように疼いた。
クリスティナの時とは違う種類の痛みに、ロックオンは利き手を強く握り締める。
そうでもしなければ、目の前の相手を抱きよせてしまいそうで。
そんな自分の視線を避ける為か、アレルヤが戸惑いながらも、背を向けるのを見て、自分が何をしに彼を追いかけてきたのか、思い出す。
「あ・・。後でクリスティナに謝っとけよ?彼女、自分が悪いって言ってた」
「・・・そんなこと」
弱弱しく言って、アレルヤは首を横に振る。
「誤解です。彼女は少しも悪くない・・・」
悪いのは僕です。
自嘲を含んだ暗い声が、尖った爪先の如く、ロックオンの心を引っ掻いた。
一瞬、何故か激しい怒りにも似た気持ちが、全身を支配する。
アレルヤだけでなく、自分自身もまだ先刻のミッションを引きずっているのだろうか。
それきり黙ってしまったアレルヤに「取りあえず部屋に入れてくれ」と言って、返事を得るまえにロックオンは部屋に入った。
背後で扉の閉まる音。
それでも、背を向け続けるアレルヤを振り向かせたかったのでは、決してないけれど。
しまったと思った時には、言葉は声になってアレルヤに向かっていた。
「じゃあ、何であんなことを。らしくもない」
「・・・・・」
アレルヤが、更に俯いたのが、見えた。
「お前のこと心配して待ってたっぽいぞ。有難いことじゃあないか」
「・・・・・」
再び、アレルヤは首を左右に振る。
僕は、駄目です。と、聞こえた。
「・・・僕に、係わらないほうが、いいんです」
「どうして」
「・・・・・」
俯き、押し黙ったまま。
アレルヤの背中は、動かない。
二人も人がいるのに、室内はほぼ無音だった。
重い静寂を、ロックオンはアレルヤが破るのを待つ。
「・・・酷く、彼女を傷つけてしまう。・・・命さえ、奪うかもしれない」
小さな、普段なら聞き逃してしまうような声が、擦れて、震えて。
「それが・・・怖いんです・・・」
僕は、ひとでなしです。
押さえた嗚咽に、ひくひくと肩が揺れる。
泣いて、いるのだ。
『アレルヤ』
姿とは裏腹で、小さな争いごとも好まない、虫の命を奪うことさえ躊躇する青年に、武力介入――しいては人殺しは、酷以外の何でもないだろう。
それでも、どんなに辛くても、アレルヤは人前で涙を流したことはなかった。
なのに。
ロックオンの心臓が、締め付けられるよう痛む。
胸の痛みなど――感情の揺らぎなど、捨てて久しいと思っていた。
なのに。
確かに先のミッションは過酷なモノだった。
鹵獲の標的にされたティエリアとアレルヤに、手段など選んでいる余裕は皆無だろう。
現に、あの完璧主義のティエリアさえ、本人にすれば痛恨のミスを犯してしまっている。
故に機体を守るために、危険から逃れるために、アレルヤが死体の山を気付いたとしても。誰も――CBのメンバーで、彼を責める者はいやしない。
アレルヤ本人以外。
『ひとでなし、か』
「お前さんがひとでなしなら、俺もひとでなしだな」
気の抜けた風を装って、ロックオンは軽く息を吐いた。
「・・・貴方は、違います」
「同じことしてるんだし、何も違わないだろう」
「・・・・・」
カツカツ、と、わざと小さな音を立ててロックオンはアレルヤに近づいた。
先刻の戦闘よりも、ずっと慎重だ。
どうか、拒まないでくれ。
「アレルヤ、逃げるなよ」
しなやかな筋肉を纏った肩にゆっくり手をかけて、自分の方に向かせるが、顔を見ないよう一瞬で腕のなかに抱きしめた。
ひゅっ。
アレルヤの喉が鳴って、このまま強張るのが伝わった。
薄っぺらい自分とは違う、張りと厚みのあるアレルヤの身体。
確かに、同性の男の身体。
泣いたせいなのか、腕も胸も背中も、温かい。
「どうしてそんなに思いつめるのか、俺には分からないけれど。ほんの少しでいい。自分を、許してやれよ」
「・・・・・」
硬くなりながらも、アレルヤは首を左右に動かすことで意思表示をする。
『無理』だと。『出来ない』と。
予想通りの答えに、ロックオンはアレルヤの肩に、顎を乗せて微笑んだ。
「存外頑固なんだよな。アレルヤって」
「・・・・・すみま、せん」
自分で自分を許さないなら。他の誰が許すと言うのだ。
誰にも許しを求めないなら、尚更。
「仕方ない奴だよ、お前は」
まだまだぎこちないが、次第に、アレルヤの身体から強張りが抜けはじめ。
すると抱き応えのある身体は、自分が抱きしめているのに、逆に抱きとめられているような気になってくる。
自分の緊張も、徐々に薄れていく。
「俺が、アレルヤの分もアレルヤを許してやるよ。だから、自分を追い詰めるのはもうやめな」
ロック、オン。
きゅっと。アレルヤの手が、ロックオンの上着を握った。
「だから、もう苦しまないでくれ」
鋼色の髪を指で撫でて、ロックオンは傷だらけの魂を、強く抱きしめる。

 

俺が、お前の分も、お前を愛するから。
愛しているから。

重すぎて伝えられない言葉を、胸のなかだけで囁いて。

 

 

終。