「抱きしめる腕 C」

 

 

「―――――」
ふっと。
自分の内を向いていたハレルヤの眼が、見開く。
驚きではなく、愕然としたようにロックオンには見えた。
「・・・・・」
眉間に皺を寄せ、力なく俯く。
苦痛と悲哀が混ぜこぜに覗く貌は、アレルヤが同じ表情をした時よりも、痛ましく眼にうつる。
鍛えられた腕が震えながら、己の身体を抱くよう胸の前でぎこちなく交差し。
指が。
身体に触れる前、突如、だらんと下に落ちた。
「・・・ハレルヤ?・・・ハレルヤ!・・・・違うハレルヤ、待って!」
そう叫んで、崩れ落ちるよう床に座り込んだのは、どうやらアレルヤで。
髪の下から現れた左目は、灰色だ。
「・・・ごめんなさい、ごめんなさい・・・・」
「アレルヤ?」
ハレルヤに蹴りを入れられた場所を押さえながら、ロックオンは上体を起こすと、呆然と、同じ言葉を繰り返すアレルヤの肩を掴む。
びくんと、大きくアレルヤの身体が揺れた。
「どうかしたのか、アレルヤ?」
「・・・・・」
傍らにロックオンが居たことを、漸く思い出したのか。
何でもないと、弱弱しく首を横に振ってみせる。
無理をして微笑んでいるのは、あの刹那だって分かるだろう。
今にも、泣き出しそうな顔だった。
ヘタな芝居は、自分に気を使わせない為。
ハレルヤの言うとおり、誰よりも優しいのは、アレルヤなのだ。
「僕のことよりも・・・。ハレルヤがすみませんでした。蹴られた場所は、痛みませんか?」
「ま、ね。お前さんには敵わないが、一応これでも鍛えてるんで」
「・・・・・」
やわらかい微笑みを湛えたまま、アレルヤはロックオンの右顎に静かに触れた。
「ここは、鍛えようがないと思います。痛かったでしょう」
「そうでもないさ。奴さんには何度も殴られてるし、俺は元々、頑丈なんだ」
「・・・すみません・・」
会話が一度途切れてしまうと、沈黙が降りてくる。
二人だけの沈黙を、息苦しいと感じたことはないけれど、今は、流石に気まずい。
どうするべきか。
ロックオンがアレルヤの灰色の光から、視線を逸らさず考えていると、ゆっくりと光が近づいてきた。
唇から、小刻みに震えているのが伝わる。
本当に触れるだけの、子供のキス。
相手がアレルヤでなければ、茶化してしまいそうな初々しいくちづけに、胸に湧き上がった想いに、言葉を奪われた。
アレルヤは何事も、常に受身だ。
求めれば、ぎこちなくも応えてくれる。けれど、例え情事の最中でも、自分から唇を求めてくることはない。
そのまま、倒れこんできた身体を、思わず抱きしめる。
「ロックオン」
肩に顔を埋めたアレルヤの声が、消え入りそうに小さい。
あえて、どうしたと、問わない。
多分、その方が良いと思ったから。
かわりに、抱きしめる腕に、力を込めた。
「・・・貴方が、嫌でなかったら。さっきの続きを、してくれませんか」
「―――――」
「僕が彼に酷いことを言ったので、ハレルヤは今日はもう、出て来ないと、思うから・・・」


続く