木ノ宮が立っていた。
すぐ、夢だと分かった。
何故なら目の前にいる木ノ宮は、今の木ノ宮ではなく、三年前のまだ小さかった頃の奴だったからだ。
初めて逢った時の。
『――櫂は』
幼さを残した顔は、酷く辛そうだった。
『俺のこと、どう思ってるの?俺のこと、好き?』
ああ。
『本当に?』
ああ。俺は嘘は言わない。
『なのに、何でちゃんと言ってくれないんだ。はっきり言ってくれないと、俺、分かんねーよ』
何故?
『だって・・・すっげー不安なんだよ。櫂って何考えてるか分かんねー時ばっかりだし、はっきり言ってくれれば、きっと俺も落ち着くと思うんだ』
果たして。お前が言うことは、真実なのかな。
『ほら、そうやって難しいこと言うからさー・・』
では言い直すが。俺がお前に「好きだ」と言い続ければ、お前の心の不安は全てなくなるのか。疑惑は払拭されるのか。
『・・・多分。なくなると、思う・・』
多分。とは、またいい加減だな。
『だって、分かんねーんだもん・・』
自分の心も理解できないようでは、人の心など永久に分からないぞ。『偉そうだよなー・・。じゃあ櫂は、俺のこと、分かるのかよ』
さあな。俺は他人の心など理解したいと思ったことはない。相手が貴様でもな。
『それって、酷くない?』
それが「俺」だ。イヤならやめろ。
『・・・何だか、俺達って、ずっとこうなのかな』
そうだな。
『断言するかなー・・何だか、悲しいな』
・・・・・。
『すごく、悲しいな・・』

 

「・・・仕方ないだろう。俺とお前の性格上」
お互い引くことのない性格をしているのだから。
眼が覚めたにもかかわらず、まだ夢の中にいるようだった。
部屋が明るい。朝なのだろう。
寝返りを打てば、着替え中のユーリがいた。
ユーリは定時に目覚めるから、時計代わりだとからかったことがあったが。
「独り言とは、珍しいな」
「・・・寝言だ」
「フフ。寝言・・ね」
うっすらと、ユーリが微笑む。
こんな時のユーリは、とても奇麗に笑う。
事実、ユーリは美しい外見をしているし、心の中も同じだ。
自分と違って。
(故にボリスがユーリから離れられないのは、少しも異常ではない)「眠っていたかったら、そうしていればいい。今日はバトルもない」「・・・お前は何処へいく」
「ボリス達と試合観戦だ」
ユーリの身に着けている服は、バトル時のモノ。
「・・・俺も行こう」
「そうか」
また、奇麗に笑った。

自分の部屋に着替えに戻り、手早く仕度を整えると、部屋を出た。
廊下でユーリが待っている。ボリス達と先に行けと言ったのだが、聞くようなユーリでもない。分かってはいたのだが。
「先に行けと言っただろう」
「そう言うな」
「モノ好きにも程があるぞ、ユーリ」
壁にもたれているユーリの前を通り過ぎようとすれば。
腕を掴まれた。身体が反転して、壁に押し付けられる。
その荒っぽい動作とは比べ物にならない静かさで、
口付けされた。
「・・・ユーリ」
唇が離れると、ユーリが悪戯っぽく笑っている。
眼の色が少し紫がかっていた。「もう一人のユーリ」が顔を覗かせたらしい。
「幾らこの階に俺達しか居ないとはいえ、誰かに見られたらどうするんだ」
溜息を吐きながら言えば。
「その方がいい。そうすればお前に変な虫も寄ってこないしな」
身体が、強張った。
辛いのか、ユーリが眉間に皺を寄せた。
「――今の俺はおかしい。言ったことは、気にするな」
「普段のユーリ」と「もう一人のユーリ」が入れ替わる中間が、精神が一番不安定だ。それはユーリ自身も理解しているらしい。
「櫂、俺は不安だ」
「・・・・・」
「お前が俺から離れていくのが、怖いんだ」
ユーリがこんなことを言うのは。
とても珍しい。普段なら絶対口にしない言葉。
「・・・何を言う」
「ああ。俺は何を言ってるんだ。櫂、忘れてくれ、俺はおかしい」「ユーリ・・」
縋り付くようにユーリが強く、抱きしめてくる。
その背中に、腕をまわして、あやすように軽く叩く。
「俺は何処にも行かない。俺は俺だ。ずっと、それは変わらない」
お前だって、そうだろう?
「櫂」
紫色に変わりつつある瞳が、揺れていた。
ユーリのこんな姿を知っているのは自分だけだ。
愛しい己の半身。
切り離せる筈がない。
ユーリは。
ユーリが思うよりもずっと、追い詰められている。
『俺が追い詰めた』
俺が何も言わないからだ。
愛情を注いでもらうだけで、何一つかえそうしない不実の塊な自分。そんな自分を、ユーリは許してくれる。
非難もせず、責めもしない。
そんなユーリを、俺はこの先も追い詰めるのだ。
ユーリ、すまない。
すまない。
言葉は、唇に残ったまま。
深く、口付けた。

身体を重ねるのに、貪るような口付けは、滅多に――殆どしたことがなかった。
する必要がなかったし、ユーリも、自分も、お互い相手を「欲しい」と思ったことがないからかもしれない。
木ノ宮でさえ。
奴の全てが「欲しい」わけではなく。

では。
『俺は木ノ宮に何を求めているのだろう』

答えが欲しいのは、誰しも同じ。
お前だけではないのだ。
木ノ宮。

                             

 

 

 

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