「04:甘えるA ロク←アレ」
ガツ。
硬い音に続いて、砂に刹那の細い身体が倒れこんだ。
ロックオンが右の拳を解き、痛みをとるよう二度、手を振る。
視線も意識も、そこだけに集中した。
刹那とロックオンの会話など、殆ど耳に届いていない。
眼の前で起こっている出来事に、アレルヤは眉を曇らせ、眼を細める。
『それほどまでに、貴方は、刹那のことを』
胸がもやもやとして、ひどく気分が悪かった。
夜の海を見つめる彼の暗い背中。
それをアレルヤは、ずっと見つめていた。
全てを拒絶する姿に、アレルヤは二の足を踏む。傍らの樹木の幹を触れると、ひんやり冷たい感触。
拒絶――とは、少し違うかもしれない。
『テロを憎んで、何が悪い』
ティエリアに詰め寄ったロックオンの、普段の余裕をかなぐり捨てた姿。
迸る激情を、必死に抑えようとしていた。
内に激しく燃える怒りを抱いて。
あれが、本来の彼なのではないだろうか。
拒絶されているのではなく、自分がロックオンを遠くに感じるだけだ。
―――莫迦じゃねえのか、お前。
「・・・ハレルヤ」
前触れもなく聞こえてきたハレルヤの声に、アレルヤは苦笑いする。
どこから聞かれていたのだろう。
「僕も、そう思うよ」
―――用があるなら、とっととしろよ。俺は眠い。
「ごめんね。・・そうするよ」
もう一人の自分に背中を押されて、アレルヤは砂浜に一歩、足を踏み入れた。
アレルヤに先に気付いたのは、傍にいたハロだ。
「アレルヤ、アレルヤ、ナンノヨウ、ナンノヨウ」
眼をチカチカ光らせて、砂の上でも器用に飛び跳ねている。高い電子音が波の音しかしないこの場では、びっくりするほど大きく響いた。
「ロックオン」
動かない背中に呼びかけてから、アレルヤはロックオンの隣に立った。
夜の海原は、飲み込まれそうに暗いが、宇宙の果てしない闇とは異なって、何処か優しげだとアレルヤは思う。
「・・・眠れないのか」
「ええ」
流石にこたえてます。と、言うつもりだったが、自分は隣人ほど、怒りに震えているわけではない。
嘘っぽく聞こえるような気がして、アレルヤは唇を閉じた。
視線をロックオンのグローブに包まれた右手に、落とす。
パイロットスーツ越しだったが、あの音だ。殴られた刹那もだが、ロックオンも相当な衝撃だったはず。
気が付いたら、彼の手首を掴んでいた。
夜の空気に冷えた肌が、ぴくりと強張った。驚いたのだろう。
アレルヤ自身も、驚いているのだ。
手を振り払われなかったのは、奇跡だ。
「右手、大丈夫ですか」
「・・・ああ」
漸く、自分と視線を合わせたロックオンが、消えそうな笑みを浮かべた。
ロックオンを取り巻く厳しい空気が、ほんの僅かに、緩んだ気がする。
それが、殊更激しく、アレルヤの胸を切なく引っかいた。
―――何故、自分は刹那ではないのだろう。
右手は、スナイパーの命。
日常生活ですら、手袋を嵌めてガードしているのに、その右手でロックオンは刹那を殴り飛ばしたのだ。
怒りに任せての行為ではない。
刹那を、守ろうとしたのだ。あの場にいた、ティエリアと自分から。
そして刹那には、自分の仕出かした事の重大さを思い知らせるために。
あれは、叱ったのだ。
自分には伝わった。ティエリアにも、多分伝わっただろう。それでも銃口を向けた原因は、刹那にある。
これほどに、ロックオンに大切にされているのに、刹那にはそれがまるで分かっていない。
刹那にだけ、伝わっていないのだ。
羨望を通り越して、苛立ちを覚える。
そして。
もし自分が、刹那と同じ事をしても、ロックオンは自分を右手で殴って叱ったりはしない。
それが、寂しくて切ないなんて。
何処までも愚かで、何処までも、自分は子供で。
「いつか刹那にも、伝わります。貴方の想いは」
言いながら、ロックオンの手に自分の手をそっと重ねて、アレルヤは必死に微笑む。
でなければ、感情に飲み込まれて、彼を困らせることを、口走ってしまいそうだから。
嫉妬なんて、大したモノではなく、ただの子供っぽいやきもちだ。
人に甘えることを知らない。甘えかたが分からない。でも甘えていたいと思っているアレ。
きっとハレルヤが砂吐くほど甘やかしているんだと思うのですが、気付いていないだけ(笑)。