「彼の記憶」

 

雨が降っていた。
両親と妹の墓の前で、彼は胸を自ら打ち抜き、息絶えていた。
顔面の右半分は包帯に覆われて。
彼が失くしてしまったモノは、確かに大きかっただろう。
けれど、生きていて欲しかった。ただ生きて、そこに居てくれるだけでよかった。
分かっている。
それは唯の己のエゴで、自分が彼と同じ立場だったら、彼と同じく命を絶っていることも。
「・・・ニール」
彼を、愛していた。
故に、彼の果たせなかったことを、『彼』になって果たそうと。
それを手に、やがて彼の元に行くことを。
冷たくなっていく骸に、誓った。

 

―――近年は損傷がなければ、5年前といわず、かなりの記憶の再生が可能です。

死後の脳を取り出し、スキャナーにかけ、生前と同じ状態に保ち。
電気刺激を与えて脳を活性化させ、生前の『彼』が見ていた映像を見ることができる。
300年前犯罪捜査に取り入れられた技術。
彼になるために、彼の見たモノをすべて見ようと思った。今や軍関係の何処にでもその設備はある。
迷わず、『彼』の脳を取り出し、CBの施設に持ち込んだ。

薄暗い部屋に一人腰掛け、スクリーンに映し出される映像を見つめた。
映像に音はない。
コンピューターが再生と同時に映し出される人物の言葉を読み取り、字幕となってスクリーンの下に流れる。
マイスターとなった頃から、命を絶つまでの数年間を、休みもとらず、只管見続けた。
悲しみに彩られた世界。
怒りに満ちた世界。
自らの手によって、破壊されていくMS。散っていく命の儚さ。
そして、断続的に思い出される、過去の、両親と妹を失った時の、テロの犠牲者となったあの時の映像。
無残に破壊された街。
布を掛けられ、並べられた死体。
爆破のショックで変形し、原型を止めていない車や、建物。
それらのモノには色がなかった。
モノクロの世界。
彼の、一番辛い、記憶。

 

徐々に世界は、淡く色を取り戻していく。
まだ子供と言っていい少年を、彼が常に気にしていたのが分かる。
実際の少年よりも、スクリーンに映る少年は幼く、あどけなく、愛らしい。
彼には、少年がこう見えていたのだ。
もうひとりの美少年も、冷たさ欠片もなく、どこまでも柔らかく美しい。
それはまるで、血を分けた弟達を思う優しい兄のように。
彼の見ている世界は愛に溢れている、けれど、スコープ越しに見える世界は、死が溢れていた。

やがて、世界は美しいまでに輝きはじめる。
―――ロックオン。
右半分を前髪で隠した黒髪の青年が、彼のコードネームを呼ぶ。
見ている方が幸せになるような、照れてしまうような、初々しく、優しく、青年は彼に微笑む。
これが本当に、CBのマイスターとして、作戦行動――日夜戦闘を繰り返していた、血にまみれた人間のする表情なのだろうか。
実際の彼は、もっと冷たい面差の、斬れそうに鋭い眼差しをしているのに。
―――ロックオン、僕はあなたを・・・あなただけを・・・・・・
顔の輪郭が、甘く滲む。青年を見つめる彼の眼差しは、いとしさに満ちていた。
そして、彼を見つめる青年の眼差しにも、狂おしいほどの想いがつまっていて。
切なく揺れる銀色の眼が近づいて。

思わず、自分の唇を、指で撫でていた。

―――ロックオン、ロックオン・・・・
時折目蓋を閉じて、そして開くと、そこには、青年の熱の篭った眼差しがある。
青年は、美しかった。
整った顔立にも唇にも、首筋にも、逞しい肩にも腕にも、匂い立つような色香が、まるで亜熱帯の森にいるかのように、けぶっていて。
快感に歪む切ない表情すら、いとしい。

いつしか、涙が、頬を伝っていた。

愛していたのだ。
『彼』は、この青年を愛していたのだ。
そして、青年も『彼』を愛していた。
いつ散るとも知れない命と、息がつまるほどの罪の中にあってなお。
それでも、彼はこの青年を心から愛し、弟達を愛し、世界を愛していた。
「・・・・・ニール」
涙が溢れて、とめどなく流れる。

彼が愛していたものを、自分も愛するだろう。
この青年を、弟達を、そしてこの残酷な世界を。
彼のかわりに。

その時、己の眼に映る、記憶に残る世界はどうか。
彼の見ていた世界と何もかも同じであるように。

彼は涙を流しながら、祈った。

 

 

 

ロク二人目超妄想文でした。
・・・・・・でも、それはエゴじゃないのかなやっぱり。