「九話ネタ」
「ちょ、ちょっと待て。待ってくれアレルヤ」
フェルトとロックオンにくるりと背を向けたまま、出て行こうとするアレルヤに、ロックオンは床を蹴った勢いで、追いついた。
壁に両腕をついて捕まえると、アレルヤは何の抵抗もせず、大人しく従った。
「・・・・・」
一瞬、銀色の眼がロックオンに向けられたが、ロックオンの背後に立つフェルトと視線がぶつかった為か、急いで逸らし、押し黙って俯く。
「いや、だから誤解だって!」
「・・・・・」
「何もしてない。やましいことは、何もない」
「・・・・・」
「フェルトはまだ子供だぞ――フェルト、お前幾つなんだ?アレルヤに教えてやってくれ」
二人の様子をぼんやり見ている少女を、ロックオンは振り返った。
表情に乏しいフェルト。
小首をかしげてから「14歳」と、ぼそりと呟いた。
CBのメンバーには個人情報の守秘義務がある。呼び合う名前は当然本名ではないし、年齢すら実際とは違うかもしれないが、ここまでの流れで、フェルトが偽りを言うとは思えなかった。
「俺と幾つ違うと」
「・・・10歳なんて、大した差じゃありません」
「おいっ」
「貴方らしくありませんね。何をそんなに慌ててるんです?」
「それは、だな」
「それに」
顔を上げたアレルヤに、苦笑が張り付いていた。
「そんな風に言ったら、フェルトが可哀想です・・・傷つきますよ?」
「え?」
アレルヤの言葉に、再度、ロックオンがフェルトを振り返ったその隙に、捕らえていた黒い姿はするりと通路に逃げて。
空気が抜けるような開閉音に気付いた時には、遅かった。
「・・・って、おいアレルヤ!・・ああもう。ハロ、フェルトの傍に居てやってくれ」
『ワカッタワカッタ』
頼もしい相棒にフェルトを預けると、ロックオンは形振り構わず通路に飛び出していた。
アレルヤ。アレルヤ。
先を行く相手の手を、漸く捕まえて。
ロックオンは彼の身体をやや強引に、自分に引き寄せた。
そしてそのまま、唇を重ねる。
「――――」
驚いたのか、アレルヤの腕が、ぴくんと、小さく震えた。
誰がどう見ても、アレルヤの方が逞しい。
本気で抗われたら、ロックオンの細腕で敵わないことも、重々承知している。
けれど、腕の中に大人しく収まった彼は、力で訴えることを本来良しとしない人種で。
「誰かに見咎められたら、どうするんですか。今度は何と言訳するんです?」
唇が離れて、まだ吐息が頬に触れる距離で。
アレルヤの言葉に、今度はロックオンが苦笑する番だった。
「あれはお前さんだったからで・・ティエリアとか刹那だったら、俺は何も言わないよ」
「・・・・・」
「まだ、怒ってる?」
腕から腰にまわったロックオンの手を、アレルヤは寂しそうに笑って、許す。
そして自分の腕も、ロックオンの背に回した。
ゆうるりと、抱き合うような姿。
「怒ってるわけではありません・・・そんな立場でもありませんし、女性の方がやっぱりいいのかなと思っただけで・・・」
「寂しいこと、言ってくれるなよ。フェルトは、ほら、あれだ。妹みたいなもんで」
くすくすと、アレルヤがやわらかく笑った。
殺伐とした作戦行動中にあっても、アレルヤの笑顔は清涼剤のようで。
心が和むひと時であった。
誤解は解けたと、内心、胸を撫で下ろしたロックオンだったが。
「それって常套句ですよ、ロックオン」
「・・・・・」
鮮やかなアレルヤのきり返しに、二の句が告げられなかった。
終。