「抱きしめる腕 おまけ」

 

 

肩に、大きな手を置かれた。
首だけを動かして、それを凝視する。
奇麗に切りそろえられた爪先は清潔。
指は長く形良く、無骨過ぎず、太すぎず。
どんな理由があろうと、他者に容易く身体を触れられたくない。
誰であろうと、許せない。
例え、アレルヤが許し、受け入れた相手であろうと。
本来ならば、殴り倒しているところだが、先刻自分は『最大限努力する』と言ったばかり。
ここは我慢をするしかない。
『オンナは、男の手を見る』
アレルヤの読んでいた雑誌に、こんな文句が載っていたのを何故か思い出した。
どんな内容だったのか、殆ど覚えていないが、好意を寄せる男の手や指は、オンナにとって唯の身体の一部分ではなく、特別なモノらしい。
白いだけのヤワな手でもなく。適度に使い込まれた、それでいて美しい男の手。
この男の手は、まさにオンナが好みそうなモノだと思いながら、ハレルヤは視線を元に戻した。
手が美しかろうが無かろうが、ハレルヤにはどうだっていい。
興味がないのだ。
自分の世界はアレルヤ中心に回っている。アレルヤしかいない。
アレルヤだけが、大切。
逆に、相手の美醜に拘る者の気持ちが、ハレルヤには理解できない。
アレルヤの手が美しかろうが、醜かろうが、自分には全く関係ない。
存在を、愛しているのだから。

シーツと肌の触れる音がして、ロックオンが近づくのを感じると同時に、首筋に落ちてきた軽い口づけに、ハレルヤは眉間に皺を寄せる。
確かに優しくしろと言ったが、それはアレルヤにであって、自分にではない。
気持ちが悪い。
「―――何のつもりだ。ロックオン・ストラトス」
首筋から離れた唇は、今度は耳朶を食む。
そして、言った。
「俺は、アレルヤだけでなく、お前さんのことも嫌いじゃあないぞ」

ぶちん。

ハレルヤの我慢は、容易く限界を迎えた。
元々、ハレルヤの許容範囲は恐ろしく狭いのだ。
言葉よりも先に手が出るタイプでもある。

 

「どういう意味だそれは、ああ?」
怒りのオーラを全身から滲ませながら、ゆっくりハレルヤが振り返る。
鋭い眼光に押されてロックオンがさがると、その頬にハレルヤの肘が見事に決まった。
「ごはっ」
再び派手に吹っ飛ばされた色男の脇に、ハレルヤは仁王立ちになる。
一糸纏わぬ、見事な裸体で・・・だ。
ゴキュゴキュゴキュ、ゴキ。
拳で物騒な音を鳴らしながら、ハレルヤはロックオンの背中を容赦なく踏みつけた。
「貴様・・・余程俺に殺されたいらしいな」
床に突っ伏したままぴくりとも動かない。
うつ伏せに倒れている身体を、爪先で引っくり返す。
「はん」
完全に気を失った男を冷たく見下ろすハレルヤに、憐憫の情は一片もない。
アレルヤが五月蠅いから我慢してやっているだけなのに。
『この優男、調子に乗りやがって・・・』
本当に殺してやろうか。などと考えていると、頭の中に声がした。
ちっ。と、ハレルヤは舌打ちする。
『―――ハレルヤ?あれ・・、どうか、したの・・・・ロックオンがッ』
アレルヤが眼を覚ましたのだ。
タイミング、最悪である。
『ロックオン!?ハレルヤ、彼に何を!』
「喧しい。黙れ、アレルヤ。何もしてねえよ」
重々しく溜息を吐き、ハレルヤはシーツと毛布を、ロックオンの上に乱雑に落とす。これがアレルヤなら、丁寧にかけてやるだろうが(それ以前に、床に寝かせたままなどありえない)ハレルヤには、これが精一杯。
最大限の譲歩である。
「これでいいだろう」
『・・・でも』
「帰るぞ」
散らばった衣服を拾い集め、身に着けていく。

もう少し。
アレルヤがこの男に絶望するまでの間、生かしておいてやるか。

口端を吊り上げて、ハレルヤは悪魔の如く微笑んだ。

 

終。