「ピロートーク A」

 

 

「餓鬼の頃はさ、なぁんにも意味なんかなくて、ただ衝動に駆られて、セックスの真似事しただろ?それ以来だったんだよ」
白い手が穏やかに、後頭部を行き来する。
他者に頭を撫でられるのは、もしかしなくても初めてかもしれない。
自分を慰めているらしい彼の言葉も、行動も、何もかもがくすぐったい。
何だか、心が溶けていくような、不思議な感覚だった。
ロックオンに抱き込まれて、彼の肩に頭を預け、アレルヤはロックオンの整った横顔を薄闇の中、見つめていた。
整っていても冷たさはなく。
彼の唇と同じく、甘くてやわらかい。
「お前だって、似たよーーなこと、してただろう?」
「・・・してません」
「え。お前なぁ・・」
「してませんよ」
驚いて自分を見ているロックオンの眼に、小さな灯が落ちていて。
アレルヤは薄っすらと微笑む。
「あまり、他人と係わる生き方をしてきた方ではないので」
「・・・・・」
何か言おうとして、ロックオンの唇が開いたけれど、無言で閉じられた。
マイスターの素性も、機体と同じく最高機密事項だ。
それはマイスター同士でも、変わらず。
故に、互いのコードネームしか知らないのが当然だった。
知ってはならない。
知られては、ならない。
例え、肌を重ねていても、分かち合えるのはその場の熱と、快感だけ。
理解もしていたはずなのに。
寂しさよりも、空しさに似た感情が胸に満ちてきて。
アレルヤは身体の力を抜いた。
ロックオンに体重を全て預けてしまうけれど、彼の体温をもっと感じたかった。
「・・・俺も似たようなモノだけれど」
と、呟いて、まるで呼応するように、ロックオンはアレルヤの頭を抱きしめた。
同じことを、考えていたのかもしれない。
伝わる体温が、高いと思った。
「何の話してたんだ。・・・・だから、謝るなよ。俺だってしたかったし、お前ならいいかって思ったから」
「でも『想定外』、だったんでしょ?」
「ぅ・・・、まぁな。そっちの方に長けてるとは思えなかったし、するなら、俺かなって。――って、おいっ、何笑ってんだよっ」
「いえ。笑ってなんか」
「伝わってくんだよ」
「実際、経験豊富、とは言い難いですし・・・一方的過ぎました。すみま・・」
「だから、謝るなって」
額に押し付けられた唇が、少し乾いていた。それも何だかくすぐったい。
「何なら、今からしますか?僕は構いませんよ」
「・・・・莫迦、腰が痛いっての。次の機会に、取っとくわ」
「了解」
次など、永遠に来ないかもしれないのに。
ただ、今はこの甘い雰囲気に浸っていたい。

「・・・ロックオン」
「汗臭いとか、精液臭いとか言うなよ」
「そうではありません。ふと、貴方の子供の頃は、どうだったのだろうと思って。さぞ、可愛い子だったんでしょうね。貴方を見れば想像できます」
「あ?クソ生意気な餓鬼だったよ」
「本当に?」
白い頬は薄薔薇色、艶やかな唇も同じ。
髪は柔らかく波打って、翠の眼は零れるほど大きくて。
親など知らぬ自分とは違って、「幸福な家庭」に育ったのではないかと、アレルヤは思っていた。
肌の温もりを知る人なのだと、抱きしめられている今、確信した。
「女の子と間違えられてませんでした?」
「莫ーー迦」
撫でていた手が、軽くアレルヤの髪を引っ張る。
「幾らなんでもそりゃないだろ」
「そうですか?」
「当り前だ。そうだなぁ・・・刹那を――・・・」
そこで、言葉がとまってしまい。
抱き込まれたままで、その位置からロックオンの表情は見えなかったが、彼が言葉を捜しているのは想像できた。
けれど、沈黙が、思ったよりも長くて。
「ロックオン?刹那が、どうかしましたか」
「・・・いや、何でもない。何でもないよ、忘れてくれ」
「貴方が、そう言うのなら」
全然、似てないわ。
自嘲に似た呟きが気にはなったが、忘れろと言われたばかりで、まぜっかえすのは躊躇われた。
アレルヤの髪を弄っていた手が、突然ぱたりと、シーツに落ちる。
大きく、欠伸をして、いよいよ、眠りに入ろうとしていた。
元々、眠ろうとしていたのを邪魔したのだ。
ロックオンの頬を、アレルヤは指で細かく叩く。
「ロックオン?眠いのは分かりますが、その前にシャワーを」
「少しぐらい汚くても、我慢しろよ・・・」
「そうじゃなくて。僕、中で出しちゃってるんですよ」
「うっさい・・・腰がだるくて、動けねぇっての・・・」
「明日はもっと辛いんじゃ・・・ロックオン?」
言い終えるが早いか、すぅすぅと寝息を立てはじめた。
相当、眠かったらしい。
「ロックオン、本当に眠っちゃったんですか?」
相変わらず彼の腕は、強く自分をとらえたままで。
強く抗えば、解けるだろうけど。
このまま、自分も眠ったほうが、いいのだろうか。
でも。
『貴方の腕が、しびれないといいのだけれど』
絶対しびれる。
しかも利き腕だ。急なミッションで起こされた時、腕が動かないでは話にならない。
けれど。
こんなことは、二度とないかもしれない。
離れ難いのは、人肌の滑らかさ故か、相手が、彼だから、なのか。
『どうか、朝まで何もおこりませんように』
ヴェーダとスメラギに祈りながら、ロックオンの右肩に頭を乗せたまま、漸くやってきた睡魔に、アレルヤも小さく欠伸をした。