08.今も胸に木霊する、

 

「以上であります!」
「であります!」
相変わらず勢いよく報告をし、隊首会より持ち帰った資料を文机におくと、浮竹のねぎらいの言葉を待つことなく「失礼しました!」(ふたりは嫌がるだろうが相変わらず息はぴったりだ)と三席のふたりは追い出したわけでもないのに急いで部屋から出て行ってしまった。
未だ床払い出来ない自分への二人なりの気遣いなのだが、生憎この病は永久に完治することはないのだから、もう少し肩の力を抜いてもいいのに、と浮竹は思う。それは決して不快なものではなく、微笑ましいものなのだが。
ふわりと舞うように流れてきたやわらかい空気に、浮竹は肩に掛けたままの丹前の前を、無意識にあわせた。
ふたりが去った――浮竹が開けたままにして欲しいと頼んだ障子の――むこうには、春があった。
ぬるむ花々と土の香りとあたたかい陽射し。
自分が病の床に臥している間に、季節はめぐっていた。
今度こそ、春を迎えることはないと思っていたのに、また生き残ってしまった。
うすく霞んだ青空を見上げた浮竹の眼は、瞳の色を抹殺するほど虚ろだった。
やわらかくやさしい風が、浮竹の手入れされていない髪をくすぐる。

心は春を運ぶ風のようにあたたかく、笑う姿は初夏のように爽やかで。
白露の頃、黄昏色の中に佇む姿は鮮やかな椛の如き鮮烈さで、斬魄刀を抜いた姿は、凍てついた厳しい冬のようだった。
――隊長。
耳に残る、自分を呼ぶ副官の声。
低く、唸るような声よりも、少年のように笑った後の、明るめの声が、浮竹は好きだった。
大切な大切な、副官だった。
広い意味で、愛していたのだと思う。
直接触れたり、想いを言葉に乗せることはしなかったけれど。
虚にくれてやるくらいなら、自分の手で命を散らしてやると、刃を向けるほどには。
確かに愛していた。
「・・・海燕」
今は誰もいない、かつて副官の定位置だった場所に、浮竹は呼びかけた。
「お前がいないことに、もう、随分なれた」
副官の居ない生活は(かわりに三席が二人居る)浮竹よりも隊員達が先に受け入れた。
きっと浮竹だけなのだ。ずるずる何時までも未練がましく想いも過去も引きずっているのは。
いや、本当はそうじゃない。
引きずっていなければ、自分はとっとと忘れ去ってしまう。
想いも、言葉も、声も、すべて消してしまう。
あと数年経てば、自分は思い出すことすら、しなくなる。完全に忘れ去って。
日常、毎日生きていくのが精一杯だから。
それが、嫌だった。
あんなにも愛していた相手を、忘れていく自分が、嫌だった。
だから。
忘れ去ってしまう前に、死にたかった。
まだ胸に、彼の言葉と笑顔が残っているうちに。
「誰か、俺を殺してくれ・・・・・・」

 

 

終り