06.唇にきず

 

 

痛い。と思ったときには、下唇の薄皮を噛み切られていた。
傷口にぷくりとこぼれた血を、ねっとり、自分の舌でない舌が舐め取る。
楽しそうに。おいしそうに。
ありえないだろ。
まずいだろ、他人の血なんて。
どうしてこんな、悪趣味な輩につかまってしまったのか。
己の運の悪さを嘆きたくなるのはこんな時だ。
いい加減にしろ。と、足を踏みつければ、にまにま笑いながら小奇麗な顔がはなれていく。
「痛ぇよ」
「堪忍な。自分の唇、つやつやしとって美味しそうやったからつい」
齧ってしまった。と言うのだから。
莫迦らしい。
思春期の子供ならいざしらず、いい年の野郎にそれはないだろそれは。
口をひん曲げて不快感を表すと、相手の笑みは益々深く、理解できない追跡不可能な領域に突入して
く。
コイツの頭の中なんて、常に霧にかすんでいやがる。
「鎖骨とか指の方がもっと、美味しそうなんやけど」
言いながら死覇装の襟元を、白い指がいじりだす。
まだ陽も高いうちから、冗談じゃない。
「なぁ、そっち齧っても、良え?」
薄氷を重ねた色の眼に懇願されても、駄目に決まっている。
傷口に少し固まった血を舐めて、俺は不埒な白い指を叩き落とした。

 

 

 

 

このふたりは出来ちゃってる関係すね。でもツバメも市さんもお互いのことそんなに好きってワケじゃないんですよね・・・。何なんだろうこのひとたち