02. 不器用の二乗

 

 

時折、突き上げる衝動そのままに、目の前の人を奪いたくなる。
手を握り、甲にくちづけて、想いを伝えたのは七十年も、八十年も前だ。
それから今日まで変わったことと言えば、この人の臥せる日が増えたことと、自分が結婚したこと。
いつのことからか、褥をともにした翌朝には、熱を出すようになった。
無理をさせているつもりはなかった。のたうつようなこの欲望は管理できていると信じていた。
愛してる。
愛してます。
愛しているんです。
炎を吐くように紡ぐ言葉は、己の肌だけを炙る。
赤黒く焼け焦げた指先に、白い髪だけを絡ませた。
「海燕?」
「――愛してますよ、十四郎さん」
「何だ……急に。照れるじゃないか」
「何度も言っているのに、ですか?」
「そうだよ」
照れ隠しにそっぽを向いたこの人を、服の上から抱きしめた。
ごろんごろんと寝転がって、そのまま床の上で暫く痩せた身体の熱を確かめる。
間近に見える碧の眼は、探っているような、けれど受け入れてくれるのを知っている。
その眼に微笑む。
「体調が良くなったら、泊まってもいいですか」
そんな日がこれから先、来ることはないと思っていても、言わずにはいられなかった。
帰り道、通りに落ちる影すら燃えているのではないかと思うほど、熱を抱いた身体。
欲しいのはあの人だけだ。
でもそれは叶わない。あの人の寿命を縮めるから。
手を伸ばせば触れられる。抱きしめてくちづけることもできる。
でも、それだけだ。
だから、結婚した。
熱を持っていく場所が、欲しかったから。