10.空っぽの封筒

 

 

昔読んだ物語の終りが思い出せずに、久しく触れていなかった本棚に目当てのものを探した。
随分前だが、最後に収めた場所は覚えている。
本と本の間から慎重に、浮竹は薄い小さな本を抜いた。
取り出した本に埃はない。
肺病を患っている自分の為に、掃除が行き届いているせいだろう。
ところどころ破れほころびた表紙を、無意識になぞる。
好きな作家の、短編集。
新人時代に求め、何度も読んだから相当くたびれている。
『俺とおんなじだな』
開いた頁から、何かがはらりと足元に落ちた。
『おや?』
腰を屈めて拾い上げたものは小さな封筒だった。
瀞霊廷で広く出回っている白い封筒に宛名はなく、それ以前に封をされた形跡もない。
自分に、手紙を本に挟む癖などなかったはずなのだが。
裏表を見、指を入れて中を確認するが手紙の類もない。
封筒の口を開けたまま、浮竹は逆さまにした。
奥に紙片でもありはしないかと思ったからだ。

ぱらり。
ぱらり。
いちまい、にまい。
てのひらにこぼれてきたのは紙片ではなく、色をそのまま残した、乾いた桜の花びら。

「――――」

 

満開の桜、濃紺の影。
うつくしい、指先。
翡翠の眼。
何かを語る、笑顔のひと。

 

瀞霊廷に生まれた死神の、長い長い生。
記憶も感情も、いつしか擦り切れ、刻の向こうにきえていく。
胸のほころぶような愛しさも、胸を引き裂くような苦しみも。
どれほど忘れたくないと、願っても。

 

閉じようとしたてのひらから、風が、花びらをさらっていった。
はらはらと畳の上にこぼれたのは、想いの骸。

彼が封筒につめた想いも、花びらの意味も、あの時語った言葉も。
なにひとつ、浮竹は思い出すことができなかった。

 

 

 

 

それでも浮さんは泣かないと思う。
「俺は薄情だよな」って自嘲すれば良いほう。それすらしない可能性大。
この人は結構残酷ですよ。